サーデグ・ヘダーヤトの家(خانه صادق هدایت)

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ドアに貼られたハットを被ったシャイな感じのイラストの男性・・・
先日ラマダン中に外出した時に
古い建物のドアの片隅に何気に貼られたこの男性のイラストが偶然、目に留まりました。

帰宅してからインターネットでこの人物について検索しました。
サーデグ・ヘダーヤトصادق هدایت Sādegh Hedāyat)
イランの小説家・翻訳者。イラン現代文学の偉大な人物の一人とみなされている
イランではサーデクと呼ばれ誰でも知っている有名な文学者の様です。
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          木々の向こうにサーデク氏の家の塀が見えます。

家の前の塀には可愛らしい絵が描かれています。
年数を経て幼稚園として使われた時期があったのかもしれません。
現在はそのまま放置され公開はされていないようですが
いつか見学できるようになるかもしれませんね。

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塀の隙間から撮った画像
建物はサーデグ・ヘダーヤトの父上の時代に建てられました.

サーデグ・ヘダーヤトウィキより
                         
ヘダーヤトは1903年2月17日にテヘランで生まれ、イラン北部の名門の家系の出身。
ヨーロッパへ留学 ベルギーで工学その後、建築を学ぶためにフランスへ行くも
建築を断念して歯科に変更した。ヘダーヤトはパリの女性との恋愛を経験し入水自殺を試みるが、釣り船に救出され失敗。結局学位を得ることもなく学業はあきらめて母国へ帰国。
その後は生涯、西洋文学やイランの歴史・民話を研究した。ヘダーヤトは1937年から1939年までインドへ旅をし、滞在した。ボンペイで彼の最高傑作とみなされている『盲目の梟』が書かれ、出版された。この作品は1930年にパリで書き始められたものだった。
1950年の年末にヘダーヤトはイランからパリへと旅立った。1951年の4月9日に彼は小さな貸しアパートでガス自殺を図り死去した。
彼はペール・ラシェーズ墓地の85区画に葬られた。葬儀はイラン人とフランス人の親しい友人や知り合いによって執り行われた。

恋に破れて自殺未遂・・でも再びパリで自殺してしまうのですね~
パリに眠っているイラン人は意外に多いのかもしれません。



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by japair | 2015-07-25 19:50 | 美術館・博物館


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